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  • 2009.11.03 Tuesday
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地球温暖化問題に於ける「思考の陥穽」

 地球温暖化問題に於いても、昨日書いた「思考の陥穽」が認められる。中国やインドなど近年急速に近代化・現代化が進んできた国が、西側先進諸国や日本などで取り決めた対応策に猛反発している。その言い分は、要するに、「今までさんざん地球資源を使い放題使ってきたくせに、今になって他の国がそれに続くのはいけないと言って規制をかけるのは<不公平>だ」というものである。
 
 一見尤もなこの主張の思考に、私は、「思考の陥穽」をみるのである。
 たしかに、国家間の問題として考えれば、中国やインドなどの言い分は正当だろう。だが、ここでも最優先で考えるべきは、中国やインドの工業化・都市化政策によって地球温暖化現象にいかほどの悪影響をもたらすか、という点だ。現に看過し得ない悪影響がもたらされるとしたら、やはり、中国やインドも、地球温暖化防止対策に協力すべきだろう。

 尤も、西側先進諸国や日本が、己の近代化・現代化の過程で、たとえば地球温暖化現象と車の排気ガスや工場の煙の相関関係について、こんにちの危機的状況を予測し得たのに自国の発展至上主義でCO2などを排出し続けたという、いわば「確信犯」であったのなら、中国やインドのCO2排出量を過去の先進国並に認め、その分を含めて、西側先進諸国や日本が規制量を義務づけられるべきであろうと思う。
 が、さすがに、地球自身の自浄能力についてそこまでの予測は不可能だったのではないか。原油の生産や車の生産という近代化・現代化の推進役となってきたものが、実は、自分で自分の首を絞める如き事態を引き起こすことになるという事態は、それこそ「想定外」の事だったと言えるのではないか。

 ただ、よく政治の世界では「結果責任」という言葉が用いられる。この地球温暖化の問題にもその論理は適用すべきかもしれない。その意味で、中国やインドに対する規制量は、西側先進諸国や日本よりは優遇されても当然と言えるだろう。
 だが、過去の先進諸国がそうであったと全く同様に、というわけにはいくまい。地球が悲鳴をあげている今、やはり、それ相応の規制を求められても仕方ないと思われる。
 国家間の問題に於ける<公平さ>も大切な観点だが、それ以上に、最早、いずれの国も、「地球の自然環境」の<有限性>という観点から自国の政策を決定していかなければならない時代に立ち至っていることを承認すべきだ、と私は考えるのである。

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